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ケ・セラとは

ケ・セラ誕生から(代表 中西 博の言葉)

 私の三番目の子供は、ダウン症をもって生まれてきた今年(2007年)21才になる元気の良い男の子です。(ダウン症とは、46本ある染色体の21番目の染色体が1本多く、1000人に1人の割合で誕生する。現在でも原因はわからず、症状としては、知的障害、心臓疾患などがあげられます。)障害のある子供を持つ親の多くがそう思うように、親亡きあとの子供の将来がとても心配です。親として彼にしてあげられる事は何か!将来にわたって彼が人として明るく、楽しく、より充実した人生を過ごせるような環境を整えてやる事だと、常々考えていました。幸いにも、彼にとって音楽と関わる環境に恵まれていて、小さい時から両親が音楽をしているのを見聞きして育ってきたお陰か、彼が中学生の頃にポロ〜ンとギターを弾いているのを目にした事が、ケ・セラ誕生のきっかけでした。それから3年後、障害を持っていても、自分たちのできる事を、自分たちなりに精一杯やればよいと、2002年9月に地元のマンドリンオーケストラのコンサートの際に、知的発達障害のある人達だけで演奏する楽団を作ろうと呼びかけ、集まった5人(小学生2人、高校生、社会人2人)で結成されたのが楽団ケ・セラの始まりです。

ケ・セラの名前の由来

  1956年、映画「知りすぎていた男」で流された“ケ・セラ・セラ”という音楽が元で、言葉の意味が「なんとかなるさ」。自分たちのできることを精一杯やって、あとはケ・セラ・セラ。

 当初、月2回の日曜日の練習が、まもなく毎週になり、個人練習も1年ぐらい続きました。そして、翌年の7月に、幸か不幸か、思いがけず演奏の依頼があり、多くの人たちの手助けもありましたが、何とか演奏できた事が、途中で空中分解せずに今日まで続けてこられた一番の要因であります。そして翌年(2004年)11月の「旅立ちのときコンサート」で、「楽団ケ・セラ」として単独でコンサートを開けるようになり、それ以後、年に20回以上のコンサートを続けてきました。その間、2006年には組織の充実と継続を計る目的で、「NPO法人ケ・セラ」が認証され、法人格を取得し、活動の拠点となる音楽活動を授産種目とした共同作業所「ケ・セラ塾」が開所されました。又、小さいながらも新しい専用練習場が4月に完成され、益々、音楽活動に打ち込める環境が整い、「音楽でメシを食う」という大きな目標に向かって前進しています。

アイコンorganization.chart.pdf へのリンク
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